契約農家のご紹介

02.杉山信一郎さん
裕一郎さん

鳥取県東伯郡琴浦町

田んぼごとの表情を見極める

大山と日本海がこんなにも気持ちよく同時に見られる場所は、鳥取中を探してもないかもしれない。
鳥取県の中部に位置する中山間(ちゅうさんかん)地域。東伯郡琴浦町にある酒米農家・杉山さんの田んぼを訪ねると、まず目の前に広がる景色の圧倒的な美しさと見晴らしのいい開放感にしばし呆然としてしまいます。

田んぼの上を通り抜ける風が気持ちよく、思わず深呼吸したくなるほど
天気がいいと大山の輪郭がくっきり見える

杉山さんの田んぼの面積は約15ヘクタール。標高100~250メートルの河岸段丘にまたがって広範囲にひろがり、これらの田んぼを種まきや田植えなど特別に人手がいるとき以外は、杉山信一郎さんと長男の裕一郎さんら3人で面倒を見ておられます。

現在、杉山さんが作っている酒米は、山田錦(やまだにしき)、強力(ごうりき)、玉栄(たまさかえ)など。段丘の上の方は大山の火山灰が積もって出来た黒ぼく土。段丘の下の河原の方は黒ぼく土と砂が入りまじった砂壌土のため、段丘の下の温かい田んぼでは山田錦、上の方では強力や玉栄といったように標高や土壌に合わせて栽培する米を変え、収穫する際も田んぼごとになるべく混ぜずに出荷することを心がけているとのこと。

日当りも風通しも抜群によく、さらに大山のブナ林で育まれた清らかな水が豊富に流れる稲作に恵まれた地利で、杉山さんが酒米栽培を始めたのは平成2年頃から。当時、地元琴浦町にあった酒蔵に酒米栽培を頼まれたことを機に徐々に規模を拡大しながら現在に至ります。

水質、水量ともに恵まれた杉山さんの田んぼ

なぜ酒米を作るのか

山根酒造場との出会いは、純度の高い種子と米を生産することを目的として、農家、蔵元、鳥取大学農学部、鳥取県農業試験場が協力して平成10年に立ち上げた「強力をはぐくむ会」。強力とは鳥取県のみで栽培される酒造好適米で、大正時代に鳥取県を原産として生まれ、酒造家垂涎(すいぜん)の的と呼ばれる米でしたが、あまりにも背丈が高く栽培が難しいため戦後の農業の変遷とともに一時は姿を消し、昭和63年に復活を果たした酒米です。

他の酒米と比べると強力米が稲の背丈が高い長棹品種(ちょうかんひんしゅ)であることがよくわかる

成長すると穂先までの長さが150センチにもなり小柄な女性が田んぼに入ると稲穂に埋もれて姿が見えなくなってしまうほど。また「強力を育てるのは暴れ馬を乗りこなすようなもの」と言われるように、米が大粒で穂も重く倒れやすいため刈り取りの際にもコンバインが壊れてしまったり、比較的遅く成熟する奥手(晩稲ともいう)の品種のため収穫時期に台風などの被害を受けるリスクも高いという農家泣かせの一面を持ちます。

そんな強力米も含め、杉山さんがあえて手のかかる酒米作りをする理由はなにかと聞くと「挑戦しがいがあるから」という言葉が返ってきました。「酒米作りはリスクも高いし難しさもあるけれど、いい酒が出来ましたと言われればやはり嬉しい。山根酒造さんの酒は農家ごとに酒のタンクを立てて、ラベルにも生産者の名前が入るので、結果がはっきり出るぶん怖さもあるがやりがいもある」。

杉山さんの米で仕込んだ「くろぼく強力」「生酛強力」「生酛玉栄」
この他にも「山滴る」「山装ふ」など多数

「よい酒米作りとは?」という問いには、「稲に体力をつけて、ぎっしりデンプンが詰まり心白(しんぱく/註1)のしっかりした充実度の高い米を作りたい。1枚の田んぼとしてのクオリティーを高めて、全体としてバラつきが少ない安定した米を出すこと。ただ最低限の農薬は使わないと、とにかく収量がとれない。米づくりは雑草との戦いですから」。

これだけ米作りに適した場所であっても農家の高齢化、採算割れなどを理由に耕作が放棄される田んぼが周辺でも増えてきており「鳥取県内、あと10年たったらどうなってしまうのだろうか?」と思うことも少なくないと話す杉山さん。人から引き継いだ田んぼの場合はそれまでがどんな肥料を使われていたかもわからないので慣らし期間が必要で、食米は作ってもおおよそ3年程度は酒米は作らない。それぞれの田んぼの表情を見ながらの判断になるが、それくらい酒米はデリケートなものだとも話す。酒蔵も農家も、個人の頑張りだけでは簡単には解決できない問題を抱えながら、理想と現実との間で悩み、それでも待ってはくれない目の前の自然相手の作業に向き合っているところは、業種は違えど同じなのかもしれません。

註1)心白とは…米の中心部の白く不透明な部分。心白はでんぷんが粗くやわらかく隙間が多いため、酒造りをする際に麹菌の菌糸が米のなかに入りやすいといった特性がある。ちなみに心白には丸いもの(球状心白)と線状のもの(線状心白)などがあり、鳥取県の特産米である強力米は線状心白にあたる。

Side Story|山に囲まれて暮らす

山の仕事は冬の方が作業がしやすく、米作りとは繁忙期が重ならないこともあり「林業と農業は相性がいい」という裕一郎さん。平成27年に就農されるまでは、長く林業の分野で仕事をされていました。いまも田んぼ周辺の山々の管理をされています。

そんな杉山さんも所属する一向平(いっこうだいら)森林保全協会がつくった一向平キャンプ場内にある「一向庵」では、地元の食材を使った手打ち蕎麦や絶品のおこわ、炭火焼き肉などが楽しめます。日置桜の酒も販売中。