酒母と育苗

杜氏の前田です。今年も個性あふれるお酒たちが出来ました。造りが終わり、火入作業、蔵内の清掃も落着きいよいよ田んぼの準備です。 

4月の終わりに種籾を蒔き苗が伸びてきました。露地のプール育苗で保湿や保温のシートの被覆はせずに腰の低い太い苗を目標に育苗開始。置き床の均平が取れず水の溜まったところは発芽が遅い。種蒔後、灌水して直ぐ排水できる仕組でもあれば良いのですがそんなものは作っていないし、とりあえず加湿状態にならないように苗箱の場所を移動して放置。

あとは床土が乾かないように灌水するのですが、ダダ漏れプールなので水が溜まらない。まあ田んぼの一角に設置しているので早めに代掻きして、水を溜めたら苗代の水位は保てるだろう…?

実は大雑把なのです。本来のプール育苗ではしっかり均平をとりちゃんと貯水できるプールを作る必要があるのですが、そこまでキッチリ作業していません。

下の苗はコシヒカリで本葉がでるまで保温保湿のために被覆して育苗したケース(一般的な育苗)。茎が細く葉が垂れたようになります。 

こうなると日光の入りが悪くデンプン蓄積が悪くなり、活着が遅れ気味になります。化成肥料や除草剤を使うのであればこれでもいいのかもしれません。

手間暇かけて育苗するのにどうして健全な力強い苗を作らないのだろうか?おそらく今までこうやっていたとか皆がやっているからといったところだろう。確かに確実にかつ見栄え良く作ることができます。

変化することを受け入れないやり方は酒蔵の風潮にもみられます。

より確実に毎年同じような酒質のものを製産できるやり方。確かに古くからの知識と経験を生かした技術といえるのですが、過度に知識に頼り過ぎて難しく考えたり、より安全に確実にお酒になるよう余計な手間をかけたり、米以外のモノを添加することもあります。これでは本質を見極めることは出来ません。

「もっとシンプルに当たり前のことをジックリやろう」といつも思います。技術に頼るのではなく感じることが重要だと。そう考えれば毎日の麹や酵母や醪の変化を見て感じ、新しい発見があるとワクワクします。

育苗はお酒のもとになる酒母を育成するのに似ています。純粋な力強い苗や酵母にするために余計な行為を排除し時間をかけて手作業を惜しまないように心がけています。

例えば酒母を仕込んでから汲み掛けという作業があります。これは蒸米に麹中の酵素を効率よく接触させ、蒸米を潰すことなく溶解糖化を促進させることができると酒造教本に書かれています。

いままで汲み掛けせず荒櫂(あらがい)を二番櫂(にばんがい)まで入れていたのですが、育成日数に余裕が出来たので荒櫂を入れずに放置していたら5日目にして膨れてきました。

膨れるということは酵母が増殖してきて酵母の生成した二酸化炭素で表面を押し上げてくるわけで時間をかければ十分膨れることがわかりました。このことは暖気という加温方法を必要最小限にでき、あるいは保温だけで酒母の自力で温度を上げることが出来るかもしれません。酵母に与えるストレスを最小限にし、純粋で強い酵母が育成出来るはずです。

なんてシンプルで時間のかかるやり方なのだろう…たまたま膨れただけで膨れがこなかったらどうしよう…個体差があるので5日だったり10日だったりするんでしょうか?

膨れをじっと待つ焦りは、周りが田植を始めても田植のできない感覚に似ているのだろうな…などと妄想を膨らませながら出番を待つ苗を眺めています。

                        (杜氏 前田一洋)