強力米 復古30周年記念酒 「転(まろばし)強力」発売にあたり鳥取大学で原種保存されていた数十粒の種が運よく発芽し、強力米が再びこの地に甦って30年を迎えました。
思うに、この強力との出会いがなければ現在のような日置桜ではなかったと思いますし、さらに広く言えば鳥取スタイルと言われるこの地の酒造りの型も、強力がなければ生まれなかったかもしれません。一品種の酒米の出現がこの地の酒に新たな美意識を生み、そして文化として根付いたことには感慨深いものがあります。
復古30周年を迎えるに当たり、これまで辿ってきたことを振れば、実に多くの商品を世に送り出したことに気がつきます。数えれば20アイテム近くになる商品の中で、唯一手を出さなかった商品群・・・それが生酛造りの純米大吟醸でした。
いろんなことを試したいこの私にあって、十数年もの間やらなかったは理由。
手を出さなかったというより、手を出せなかった・・・。
今回はそんなエピソードを踏まえてご紹介させていただきます。
今から18年前、私どもが初めて生酛純米に着手した14BYの造りの真っただ中、ある方が1本の一升瓶を手土産に陣中見舞いに来てくださいました。
手土産の酒は福島県の大七酒造さんの生酛純米大吟醸。稀代の名人と呼ばれた伊藤杜氏の全盛期に造られたその酒は、10年の時を冷蔵庫で経た熟成酒でありました。その晩一献となり、その希少なお酒をいただく機会に恵まれたのですが、そのあまりの美味さに言葉を失いました。
何をどうすればこんな酒がつくりだせるのか・・・。自分は夢の中で飲んでるのか?。そう錯覚するほどの酒との出会いは、嫉妬や打ち拉がられた失望のようなよく分からない感情も起き、同時に人の仕事とはこんなに凄いものを生み出すのかと感動もいたしました。このあまりに強い衝撃は、その後の私にとってある種のトラウマにもなり、生酛の大吟醸などおいそれと手を出してはいけない領域と考えるようになったのです。
それから十数年、やってみたいという好奇心と、まだ早いという自制心が交差する中、平成29年度の酒造期が訪れました。続々と酒米が入荷される中、ある日持ち込まれた百袋ほどの酒米の刻印に目を疑いました。「 強力 ㊕ 数馬豊」。
特等?強力で?・・・ 強力は古い在来品種ということもあって見栄が良くなく、大粒改良品種を基準とする現代の等級検査では少なからずハンデになります。
一等になるだけでも大変なこの品種は、生産者が相当な努力をし、尚且つ相当な運(気象条件)に恵まれない限り特等になることはありません。事実、過去30年の歴史の中でも県下で2例、しかも僅か数袋の検査実績があるのみ。
確率からすれば8,000袋に1袋ぐらいの割合ではないでしょうか。
通常であれば希少な米の入荷に手放しで喜び、それを作ってくださった数馬さんに感謝を表さなければならないのですが、それとは裏腹に私の頭は混乱しておりました。しばらく特等米の前に立ち尽くし、「これって今年やれっていうことなのか?」。米に問いかけるように袋を開け、検査用のカルトン(皿)で見るその玄米は見たことのない見事な張りと艶を持ち、「俺を使ってやってみろよ」と言われている気がいたしました。そんな経緯もあり、米に背中を押されるように平成29BYの製造計画帳簿に初めて生酛純米大吟醸を記すこととなりました。
この生酛純米大吟醸は、あのとき味わった大七さんのかすかな味の記憶を辿って挑みました。実践としては初めてではあるのですが、実はここ10年ぐらいの酒造期の中でイメージトレーニングのようなことを繰り返しておりました。伊藤杜氏が考える核の部分は何なのか、組み立て方をどうしていたのか。自社の造りを行いながら、そこで現れる新しい発見と味の記憶を結び付けて妄想するのは意外と楽しいものでした。
ある年、酵母添加の生酛を仕込んでいたときのこと、伊藤氏の造りのベースは大吟醸ではないのかと思うようになっていました。生酛をしっかり経験した蔵ならわかると思いますが、大吟醸で美味しいと感じる核の部分と、生酛から醸出される味は交わりが難しいのです。これはある部分で相反する関係かと思います。
まずベースとなるもの、どちら側に趣を置くのか。それがいまいち掴み切れていませんでした。それを踏まえないで進めると、スペックだけの高精米生酛純米に成り下がってしまう。結果、中途半端で、どちらの良いところも分かりにくくなる。そんな感覚だけは経験値から感じておりました。
失礼を承知で申し上げれば、現在巷に出回っている生酛純米大吟醸の多くは、そんな印象があります。まず立ち位置がはっきりして始められたことは幸運だったと思っております。造りは米のポテンシャルの高さに助けられたこともあり、理想的な搗きハゼ麹で酛を立てることが出来、醪も7号酵母の良さを引き出せたと考えております。ただ、蔵のアイデンティティーを出したいという欲もあり、留め麹だけは総ハゼの麹で少し溶かしも加え、酸もしっかり出す方向に持っていきました。
今回、2年の熟成を経てリリースにこぎつけました。この熟成年は他の生酛酒と同様のサイクルですが、強力の復古30年の今年に照準を合わせた低温熟度をさせております。純米大吟醸であってもやはり強力、そこは拘りたかったところです。
今回の商品名「転(まろばし)強力」は、柳生新陰流の極意「まろばし」に由来します。
人を殺す殺人刀(せつにんとう)から人を活かす活人剣(かつにんけん)へと変化させたとされるこの兵法の境地にあやかり名前を頂戴しました。
これまで歩んできた酒造りの境地(節目)を標す意を込め、現世に生きる蔵主として今出来得る全ての技術と魂をこの酒に込めたつもりです。
伊藤杜氏の造られたあの味わいには足元にも及びませんが、私たちの生き様として強力復古30年の今年、皆様へご披露出来ますこと何よりの喜びとしておるところです。
有限会社山根酒造場 代表取締役 山根 正紀
商品名 | 転(まろばし)強力 |
製法分類 | 生酛純米大吟醸 |
酒造年度 | 平成29BY |
原料米 | 強力(生産者 数馬豊)特等米 |
精米歩合 | 45% |
アルコール分 | 16.3度 |
日本酒度 | +8.8 |
酸度 | 2.8 |
アミノ酸度 | 1.2 |
使用酵母 | 協会7号 |
設定容量 | 720mlのみ |
小売価格 | 5,500円(税込) |