◉酒造りと子育て――育てる営み
酒も生き物であり、育てるもの、という意識を私がもつようになったのは、山根酒造場と出会ったからです。今では、通いでの酒造りをするところが多くなったのに、なぜあえて蔵人が泊り込みで酒造りをするスタイルにこだわり続けるのか? 当たり前ですが、住み込みになれば、それに伴う食事代のほか諸々かかる経費は格段に増えます。もともと酒蔵の仕事は利益幅がそう多くなく、反面、施設の維持整備には莫大なお金がかかる。そしてお金の面だけでなく、住み込みはそこで働く蔵人にも負担のかかる働き方です。普通に考えれば、通いの方がいいのでは? と思うところですが、それに対し、蔵元である夫は、「酒は生きているんだから。赤ん坊を育てるのに、盆も正月も。昼も夜もないのと一緒」という言葉を返してきました。確かに、そう言われてしまえば、なるほどです。新しい酒が生まれるということは、一人の子どもが生まれるのと同じ。蔵人という仕事は、酒が生まれるまでのお世話をする産婆さんのような役割なのではないか?と感じた瞬間でした。
そうやって手間暇もかけ見守られながら生まれた酒が、瓶に詰められた瞬間から、ただのモノのように扱われてしまうのは悲しいことです。このことをちゃんとイメージできるように伝えたい。幸い女性たちの中には、すでに食の分野で、味噌や糠床を育てたり、自分で酵母をおこしてパンを作ったりしながら、育てることを面倒臭い手間ではなく、楽しみとして生活の中に取り入れておられる方も少なくない。 お酒に対しても、同じように感じてもらえたら、「ただ酔うための酒」といった役割とはまた違った意味を酒に見出してくださる方もあるのではないか? そんな思いがムクムクと湧いてきました。
◉人間以外の生き物と暮らす――違う呼吸、違うリズム
これまで私自身も、自分で味噌を仕込んだり、糠床をかき混ぜたり、酒粕を日々の料理に使う中で、こういった発酵食品が単なるものではないことを実感してきました。どこか生き物としての愛着を感じるのです。
以前、ひとり暮らしをしている友人が、発酵食品がうちの中にあると、一人のようでいて一人でない感覚があると言っていたのですが、まさにそういうことなのだと思います。
今、我が家は二匹の猫に加えて、さまざまな発酵食品に囲まれているのですが、そんなふうに考えると、目には見えない菌や酵母も、見えないだけで確かに存在しているわけで、一人でいても、本当に一人なんてことはそもそもないのだということを感じます。私たちの腸内にだって無数の腸内細菌たちが住んでいるわけですし、「私は一人だ」なんて言ったら、「何言ってんだ! 俺らだっているわ!」って怒られるかもしれませんね。
青谷での暮らしを通して、いつの間にか私はむしろ人間だけで生きていくことの方に抜き差しならない息苦しさや不自然さを感じるようになり。いまは人間以外のリズムを持つ生き物がともに暮らしてくれていることに、日々じんわりとした有難さと幸せを感じています。
◉野良という生き方
「野良」という空間
福ねこのラベルの中央には「野良」の文字があります。これは私が昨年、山根酒造場の一角に仲間たちと一緒に作った場所の名前であり、これから育てていこうと考えているブランドの名前でもあります。
「野良」の「福ねこラベル」は、山根酒造場と「野良」の共同制作商品と思っていただくと分かりやすいかもしれません。私が、「野良」という言葉にこだわるのは、人間も動物だということを忘れず野生を失わずに生きていきたいという思いや、日本人特有の集団意識や同調圧力というものへの疑問が根底にあります。自分の感覚を信じられず、すぐに他者に正解を求めて安心したがったり、世間のレールから外れないことでひとまず安全に見える枠に収まりながら、本音のところでは常にもやっとした不安感に包まれている。自分自身もそんな時間を長く過ごした後で、やはりそれでは嫌だと思ったので、変わっていきたかったのだと思います。
蔵敷地内につくった星の種農園
そして、今この自然が多く残り、植物や人間以外の動物も住まう青谷という土地に、自分なりに根を張り出したことで、改めて地球は人間という生物だけで構成される場所ではないという、当たり前だけれど忘れそうになっていた大事なことを思い出し始めています。
一本の酒が生まれる背景には、農家さんがお世話をする田んぼという存在が切ってもきり離せません。
まっとうな酒を造るためには、ちいさな生き物や微生物たちの住める田んぼを維持していくことが大前提となります。日本人にとっての食の源である「米」というものを、ご飯として食べたり、お酒として呑んだりしていくことは、その土地に住む人間以外の生き物の居場所を守ることにも繋がっていくということは、もっと多くの人に伝わってほしい事実です。
◉寄付の方法について
今回、この「福ねこラベル」の販売を通じて得た売り上げの一部を、倉吉の保護猫団体「猫じゃらし」に寄付させていただきます。これまでの寄付の常識からいえば、全国で売れたお酒から生まれた寄付金をなぜ、鳥取の一つの団体に寄付するのか? もっと公平に多くの団体にシェアするべきではないか?と疑問をもたれる方もあるかと思います。むしろ、その方が普通の感覚かもしれません。
しかし今回、私どもがあえて寄付金先を一つにしたのは、縁あって知り合った鳥取の小さな保護猫団体さんが、自分たちで利益を生み出せる自走型の団体に生まれ変わろうとされるプロセスに、目標を達するまで伴走したい思いがあるからです。寄付を複数の団体に分けることは、一見公平でよいことのように見える一方、結果が追いにくいデメリットがあります。むしろ、山根酒造場のこういった取り組みに刺激を受けて、また他の酒蔵さんがご自身で応援したい団体とタッグを組んで、新しいレーベルが生まれていく。そんな広がりが出てきた方が、よほど面白い。なので、我々は我々のできることに徹したいと思います。
私が福本さんを通じて保護猫団体「猫じゃらし」の活動を知り、この方たちと自分たちのできることで力を合わせたいと思ったのは、福本さんの「最終的には保護猫活動なんてものがなくてもいい世の中を作りたいんです」とボソッと言った言葉を聞いたときでした。今自分たちがやっていることが、完全に正解だ!と思い込んでいる人より、むしろいろんな矛盾を抱えながらも段階を経た将来像をもって日々行動しているところが誠実でとても信頼できると感じました。猫じゃらしはこの度、「猫と人の共生する社会を目指して」クラウドファンディングに挑戦されます。やっていることは表面的には違っても、お互い根っこで大切にしていることが近しいのであればジャンルの垣根を越えて、いくらでもつながれる時代です。ぜひ皆様のお力をお貸しいただければ幸いです。