伝えるためのモノづくり

◉なぜそれを作るのか?

夫の反応は、基本的には「イエス」。
ただ、「なぜそれを酒でやるのか?」「それをすることで、何の意義があるのか」「猫だけでなく、関わる全ての方たちのお役に立てるのか?」――そこがハッキリしないとゴーはできない。人さまを雇用し会社を経営するビジネスマンとして尤もな答えです。これまでの日置桜のブランドイメージとは自ずと違ったものが生まれるだろうことが予想されますし、そのことを快くは受けとめない方もおられるかもしれません。動物の可愛さを利用して、チャラチャラしだしたと感じる人もいるかもしれない。

それに、この商品のあり方自体が、ただ猫のために“してあげる”では、一方的な施しのようで進歩がありません。これからの時代、どちらか一方が何かを捧げ続けるというような行為は、結果としてあまりいい関係性を生まないのでは?――という思いは、私自身もこれまでの人生で何度も痛感してきたことでもありました。そこからは、この商品が世に生み出されることで、猫だけでなく、酒そのものや、お酒に関わる人たち、そしてこれまであまり日本酒には興味がなかった方たちに、どうしたら「福」を分かち合えるかを掘り下げる、そんな時間が始まりました。

◉これからの日本酒のあり方を考える

日本酒というものをイメージしたときに、みなさんはどんなシーンが頭に浮かぶでしょうか?
外食でちょっとかしこまっていただく日本酒もあれば、居酒屋でおじさんたちが勤め帰りに赤提灯で飲むお酒、などなど、人によっていろいろな光景が浮かぶと思います。

私にとっての日本酒はといえば、なんでもないふだんの家のおかずに寄り添って、食べることをより楽しく豊かにしてくれるもの。量をたくさん飲むことが目的でもないし、ウサ晴らしのための酒でもない。一日の疲れや緊張をゆるりほぐして温かく包み解放してくれる、そんな存在です。

しかし、世の中の大半の方は日本酒に対して、「知識がないと飲んじゃいけなさそう」「悪酔いしそう」「保存が難しそう」「温めるといっても、家で何をどうすればいいのかわからない」――などなど数々の疑問と不安を感じて、手を出せないでいる。

一方、日本酒の魅力にすでにハマっておられる方は、放っておいても自分で経験を深めていかれ、私などよりよほど知識も豊富です。自分の場合は、そこに関わるよりも、これから日本酒と関わってみたい人の最初の一歩に付き合うことがしてみたい。

それも、私自身が山根酒造場の社員でもなく、別の生業をする一人の女性なのだから、ごくごく普通の女性の視点で山根酒造場の酒の持つ魅力を自分の言葉で伝えてみたい。その足場に立った時に何がしたいかをハッキリさせよう。そんな風に、ようやく、モノづくりの発端となる立ち位置が見えて来ました。

◉“よいもの”だけでは届かない

この世の中には、モノも情報も溢れています。そんな中で人の心に届くものと、単にモノとして扱われ埋もれてしまうものとの違いは何なのか?を、ずっと考えています。

いくら中身が良いものでも、まずは人の目にふれ、特にお酒の場合は飲むという体感まで持っていけないと意味がない。一般に日本酒は並べられただけで、その商品に対する説明がなされなければただモノとして判断される他ありません。そうなると、大抵は「いくら安いか」の価格競争の渦の中に持ち込まれてしまう。その酒がどんな思いで、どんな造りを経てできたものかを知らされるチャンスがないのですから、当たり前といえば当たり前のことです。

でも、その世界にこれからも留まっていたのでは、山根酒造場のような酒は本来の魅力を知ってもらえる機会がない。まずはとにかく、これまで日本酒に馴染みのない方にも手にとってもらうこと。そして、さらに一歩を踏み出してもらうためにできることとは何なのか? それを考えるには、お客様が日本酒に、現にどんな不安を感じ手を出せないでいるのかを知ることが大事だと思いました。

◉日本酒への「思い込み」をほぐす

そこで、まずは自分の周りの女性たちに気軽に日本酒に手が出ないわけを聞いてみました。圧倒的に多かったのは、日本酒の保存に対する不安感。日本酒は開栓したら、そのあとどんどん悪くなるだろうから冷蔵庫に入れないといけない。でも、そんなにいっぺんには飲めないので、一升瓶なんて買おうものなら冷蔵庫のスペースをめちゃくちゃ取られてしまうに違いない……このあたりが台所を管理する多くの女性たちの素朴な気持ちのようでした。
確かに開栓したてが一番美味しかったり、冷蔵庫保存が必須のお酒も世の中にはあるのですが、山根酒造場のお酒は、直射日光をやたらと当てさえしなければ基本常温保存でオッケーなものも沢山あります。「冷蔵庫に入れなくてもいいし開栓してから時間とともに味がまとまっていくものもあるから、むしろ家でじっくり育てて、自分のペースでお酒とゆっくり付き合えばいいんだよ」と伝えると「えっ! そうなの?」とびっくりされて、ほっとした顔をされました。

私自身、今の日本という国の価値観が、食に関しても住宅にしても「新しい」に価値があり、時間を経たものに価値を見出さない(時間経過は劣化にしかならないという概念が強い)ことには、ずっと疑問がありました。時間の経過を耐えるのは、それなりのつくりをしないといけませんが、そこを超えてきたものには、小手先で作ったものでは出せない深みと重みが加わってくる。以前、仕事でフランスに行った際に、この国にチーズにしろ、ワインにしろ、「熟成」という文化が根付いているのは、時の流れを味方につける仕事というものに消費者もちゃんと敬意を払い価値を見出していることが大きいのだと思いました。それこそが、成熟した文化を生むのではないだろうかと。新しいものをどんどん作って使い捨て、それを便利だからよしとし続けるのか、モノが生み出された背景を含めて価値を見出し、愛着を持ってモノと向き合うのか?――モノが売れる数も大事ですが、本当に大事にしないといけないことは何なのかを今一度明確にしないといけない、そう感じました。

◉ワンカップと一升瓶を作る理由

この度、福ねこラベルを作ろうと思った時に、最初に頭に浮かんできたイメージが“ワンカップ”でした。量が多いことに不安感のある、日本酒にまだそれほど馴染みのない方たちに気軽に手にとってもらえ、かつそのまま容器が酒器の役目も果たし、わざわざ道具を揃えなくても自宅でお燗をつけてみることもできる。それに私も含めて女性は気に入ったデザインであれば、自分のためだけでなく人にプレゼントすることも考えます。そういう意味でもこのサイズ感は絶妙にちょうどいい。ワンカップは絶対だ!

ただ、それだけでは山根酒造場の酒のもつ本当の魅力を伝えるには至りません。あえて一升瓶も作ることで、酒も生きものであり、「育てる酒」という世界があることを知ってもらいたい。今回の猫ラベルの主役である猫も酒も生きていて、人が寄り添いながら、愛着を持ちながら一緒に育っていく存在であるということ。そんなメッセージがこの商品に込められるなら、いまの人たちには一般には受け入れられにくい一升瓶の福ねこラベルも作る意味があるのでは? そんなことを考えるようになりました。

福ねこ観察晩酌日記も

ラベルのデザインを考えるにあたっては、ターゲットが女性だからといってファンシーすぎず、幅広い年齢層の人が受け入れられる、生活の中に馴染むデザインがいい。そしてやはりその商品を手に取った時のワクワク感も忘れずに入れ込みたい。

山根酒造場のある鳥取という土地はもともと民藝が根付いた土地でした。民藝の精神というものは、自分の生活の中に自分で愛着を育てるということそのものなのではないかと思っています。せっかくこの地でモノを作るのであれば、福ねこラベルもそんな精神を受け継いだものでありたいし、伝統的な文化やモノの持つ魅力を、いまを生きる人たちが受け取りやすい形として届けたい――大切にしたいことが決まると、自ずとデザインは見えてきました。